新電力が「やばい」と言われる本当の理由
2016年、電力の小売が全面的に自由化され、多くの会社にとって電気代を安くするチャンスがやってきました。これまで地域で独占していた大手電力会社だけでなく、「新電力」と呼ばれる新しい会社がたくさん登場し、「うちならもっと安くできますよ!」と魅力的なプランを次々と打ち出したのです。コスト削減は経営の重要課題。多くの企業が新電力への切り替えを前向きに検討したのは、ごく自然な流れでした。
しかし、その「安くなる」という約束が悪夢に変わるのに、時間はかかりませんでした。この記事で注目する「新電力 やばい」というキーワードは、決して大げさな表現ではありません。実際に、新電力の倒産や事業撤退が相次ぎ、契約していた会社が突然電気の供給先を失う「電力難民」になってしまうケースが多発したのです。この大混乱は、新電力というビジネスが、多くの人が気づかなかった大きなリスクを抱えていたことを示しています。
この記事の目的は、実際のデータや具体的な失敗事例をもとに、なぜこんなことになってしまったのかを、誰にでも分かりやすく解説することです。新電力選びという重要な判断で、他の会社が陥った落とし穴を避け、自社のビジネスを守るためのヒントが満載です。まずは新電力のビジネスモデルがなぜ不安定なのかを解き明かし、どれだけの会社が市場から消えていったのかをデータで確認します。そして、具体的な失敗談から教訓を学び、最後に、リスクを避けて賢く電力会社を選ぶための鉄壁の戦略をご紹介します。
第1章 なぜ?新電力ビジネスの「もろさ」の正体
新電力市場が「やばい」状況に陥ってしまった根本的な原因は、多くの会社が採用していたビジネスモデルそのものにありました。
頼みの綱は「卸市場」だけ?危なっかしい自転車操業モデル
新電力の仕事は、お客様を見つけることから、電気の調達、日々の需要管理、料金請求まで多岐にわたります。この中で最大のリスクが潜んでいたのが、「電気の調達」でした。多くの新電力は、大手電力会社のように自社で大きな発電所を持っていません。彼らが電気を仕入れるメインルートは、日本で唯一の電気の卸売市場である「JEPX」でした。このJEPXの取引価格は、電気の需要と供給のバランスによって30分ごとに変動するとても不安定な市場です。
自社の発電所がなくてもビジネスを始められるため、ガス会社や通信会社、住宅メーカーなど、さまざまな業界から新しい会社がどんどん参入し、事業者数は一気に増えました。しかし、この参入のしやすさが、エネルギー市場の知識や経営体力が不十分な事業者まで呼び込んでしまう結果につながったのです。
変動する仕入れ値と、固定の販売価格。ビジネスモデルの大きな落とし穴
このビジネスモデルの最大の問題点は、電気の「仕入れ」と「販売」のアンバランスな構造にありました。新電力は、JEPXから価格がコロコロ変わる「変動コスト」で電気を仕入れながら、お客様には「月々の電気代は固定ですよ」という分かりやすいプランで販売することが多かったのです。これは、「JEPXの価格はこれからもずっと安いはず」という、甘い見通しに基づいた危険な賭けでした。
この構造では、仕入れ値が販売価格を上回ってしまう「逆ザヤ」のリスクが常にありました。JEPXの価格が安定していれば利益が出ますが、ひとたび価格が高騰すれば、電気を売れば売るほど赤字が膨らんでしまうのです。このビジネスモデルは、市場が荒れたときには破綻することが運命づけられた、時限爆弾のようなものでした。JEPXへの過度な依存と固定料金プランの組み合わせは、一部の会社の経営ミスではなく、多くの新電力が抱えていた構造的な欠陥だったのです。
第2章 データで見る衝撃の事実。新電力バブルの崩壊
新電力のビジネスモデルに潜んでいた時限爆弾は、2つの大きな出来事によって爆発しました。その結果、市場が崩壊していくスピードと規模は、まさに「やばい」の一言でした。
崩壊の引き金となった2つのショック
最初の引き金は、2020年末から2021年初めにかけて起きたJEPXの価格高騰です。厳しい寒さで電力需要が急増したところに、発電燃料である液化天然ガス(LNG)が不足し、JEPXの価格は普段の10倍以上に跳ね上がりました。この時、多くの新電力が初めて深刻な経営危機に直面しました。
そして、決定的だったのが、2022年以降のロシアによるウクライナ侵攻をきっかけとした世界的なエネルギー危機です。LNGや石炭などの燃料価格が世界中で高騰し、JEPXの価格が高いままの状態が日常になってしまいました。これにより、新電力の経営はどんどん悪化し、体力の無い会社から次々と市場を去ることになったのです。
帝国データバンクの調査が示す、市場の惨状
この市場崩壊がいかに凄まじかったかは、帝国データバンクの調査データがはっきりと示しています。
- 倒産・撤退の嵐:2022年3月時点で17社だった「撤退」または「倒産・廃業」した新電力は、わずか2年後の2024年3月には119社に。なんと7倍に急増しました。
- 市場からの退出が加速:契約停止、撤退、倒産・廃業を合わせた事業者の数は、2022年3月末の31社から、1年後の2023年3月末には195社へと6.3倍にもなりました。
- 利益は9割以上も減少:危機のピーク時には、新電力の利益(推計)が9割以上も吹き飛んでしまい、もはやビジネスとして成り立たない状況に陥りました。
この数字が物語るのは、一部の経営がうまくいかなかった会社が消えたのではなく、市場全体が構造的な崩壊を起こしたという事実です。東北電力と東京ガスという大手が出資していたシナジアパワーでさえ撤退せざるを得なかったことからも、この危機の深刻さがうかがえます。
この大混乱は、法人顧客に「電力難民」という大きな問題をもたらしました。契約していた電力会社が突然いなくなり、高い料金で電気を買わざるを得なくなった企業が急増。市場への信頼は地に落ちました。その結果、多くの企業がリスクを避けるために、再び大手電力会社へ戻る動きが加速したのです。この顧客離れが、残った新電力の経営をさらに苦しめ、さらなる倒産を呼ぶという悪循環を生み出しました。
主な新電力の倒産・事業撤退ケース | 事業者名 |
| ホープエナジー | | ウエスト電力 | | 自然電力 | | 熊本電力 | | TRENDE(あしたでんき) | | スマートテック・水戸電力 |
第3章 他人事じゃない!先輩企業たちの「しくじり事例」に学ぶ
市場全体が大変なことになっていたのは分かりましたが、実際に企業はどんな目に遭ったのでしょうか?ここでは、多くの会社が経験した典型的な失敗パターンを、具体的なケーススタディとして見ていきましょう。
ケーススタディ1:「電力難民」― ある日突然、電気が来なくなる!?
ある中堅メーカーの工場に、契約中の新電力から「数週間後に事業をやめます」という一方的な通知が届きました。市場が大混乱している真っ只中で、多くの新電力は新規の申し込みを受け付けておらず、新しい契約先を見つけるのは至難の業でした。
結局、この会社は地域の大手送配電事業者が提供する「最終保障供給」という制度に頼るしかありませんでした。これはあくまで緊急避難的なセーフティネットで、料金は通常よりわざと高く設定されています。その結果、工場の電気料金は予告なく3割以上も跳ね上がり、予算を大幅にオーバー。製造コストを直撃し、会社の利益を大きく損なうことになりました。
教訓:一番安い電力会社の、一番高いコストは「倒産したときのコスト」です。「電力難民」になるリスクは、ただ不便なだけでなく、会社の経営を揺るがす大問題。電力会社を選ぶときは、このリスクを最優先で考えるべきです。
ケーススタディ2:「市場連動型プラン」の悪夢 ― 電気代節約のはずが、経営の危機に
大量のサーバーを稼働させるあるIT企業は、電気の使い方を工夫してコストを下げようと、「市場連動型プラン」を契約しました。これは、JEPXの卸売価格に合わせて電気料金が変わるプランです。
普段はコスト削減に役立っていたこのプランですが、JEPXの価格が高騰したときに牙をむきました。卸売価格の異常な値上がりが、そのまま請求額に反映され、月々の電気料金は一気に3倍から5倍に! 会社は突然、資金繰りの危機に陥りました。電気料金が全く予測できなくなったため、将来の事業計画を立てることも難しくなってしまいました。
教訓:「市場連動型プラン」は、ただの節約術ではありません。電気という市場のリスクを、電力会社がお客様に丸ごとパスする金融商品のようなもの。電気を使う時間を安い時間帯にずらすなど、高度なリスク管理ができる会社でなければ、あまりにも危険な選択肢と言えるでしょう。
ケーススタディ3:まさかの法廷闘争 ― 「世界情勢のせい」は通用しない
この問題を象徴するのが、新電力「ウエスト電力」と福岡県大牟田市との間で起きた裁判です。
ウエスト電力は、ウクライナ情勢でJEPXの価格が高騰したことを理由に、大牟田市との契約を一方的に解除しました。同社は「こんな事態は予測できなかった『不可抗力』だから仕方ない」と主張しました。
しかし、裁判所はこの主張を認めませんでした。判決は、「燃料価格の変動は、たとえそれが異常なものであっても、電力会社として当然覚悟すべき事業リスクの範囲内だ」と明確に判断したのです。ウエスト電力の一方的な契約解除は無効とされ、市が余分に支払うことになった電気代の全額を賠償するよう命じられました。
教訓:この判決は非常に重要です。電力会社が「市場環境が悪くなったから」という理由で、一方的に契約を反故にすることは許されない、というルールが確立されました。企業は、契約書にある「不可抗力」の条文をよく読み、「燃料価格の変動」のような予測できるリスクまで免除される内容になっていないか、厳しくチェックする必要があります。
ケーススタディ4:契約書のワナ ― 安いと思ったら、次々と追加料金…
ある小売チェーンは、「大幅にコストを削減できますよ!」という営業トークを信じ、ある新電力と複数年契約を結びました。
しかし、JEPXの価格が上がり始めると、電力会社は契約書の隅に書かれた難しい条文を理由に、次々と追加料金を請求してきました。約束されたコスト削減は夢と消え、解約しようとすると高額な違約金を請求される始末。さらに、問い合わせてもカスタマーサポートの対応は遅く、請求書の内訳も分かりにくく、現場は常に混乱していました。結局、コスト削減どころか、損しか生まない契約に縛られてしまったのです。こうしたケースに加え、大手電力会社の関連会社と偽って勧誘したり、検針票を見せただけで勝手に契約を切り替えたりする悪質な手口も報告されています。
教訓:一番安い価格は、お客様を引きつけるための「エサ」かもしれません。料金が変わる条件、途中で解約した場合の違約金、サポートの質など、契約書を隅々までチェックすることは絶対に欠かせません。
第4章 もう失敗しない!鉄壁の「電力会社えらび」チェックリスト
これまでの失敗事例から学んだ教訓を、実践的なチェックリストにまとめました。これは、単に電気代を比べるだけでなく、会社の事業を止めないためのリスク管理術です。
チェックポイント1:会社の「体力」は大丈夫?財務の健全性をチェック!
営業担当者の「安くなりますよ!」という言葉だけを信じてはいけません。その会社が安定して経営を続けていけるのか、財務状況をしっかり調べることが大切です。黒字経営か?いざという時に支えてくれる親会社はいるか?など、安さだけを売りにする新規参入の会社よりも、安定した経営実績のある会社の方が、長い目で見て安心できるパートナーです。
チェックポイント2:「電気の仕入れ先」はどこ?電源構成をチェック!
「あなたの会社の電気は、どこから仕入れていますか?」― この質問こそが、リスクを見極めるカギです。JEPXの卸市場からの仕入れに頼りすぎている会社は、要注意。評価すべきは、自社で発電所を持っているか、あるいは様々な発電所と長期的な契約を結んでいる会社です。そうした会社は、仕入れコストが安定しており、市場価格の変動に強いと言えます。
チェックポイント3:どんな「料金プラン」?リスクとメリットを理解しよう!
自社がどんなリスクを背負う契約を結ぼうとしているのか、正確に理解することが重要です。下の比較表で、主な料金プランの仕組みとリスクを確認しましょう。
結局どれがいいの?法人向け電力料金プラン比較
| 固定単価プラン | | 市場連動型プラン | | 上限付き市場連動型プラン | | ハイブリッド/ミックスプラン |
チェックポイント4:「契約書」は大丈夫?隅々まで厳しくチェック!
電力の契約書は、他の重要な契約と同じくらい真剣にチェックしなければなりません。法務部や専門家と一緒に、以下の点を必ず確認しましょう。
- 価格改定のルール:電力会社はどんな条件で価格を変えられる?その計算方法は分かりやすい?
- 解約のルール:こちらから途中で解約する場合のペナルティは?そしてもっと重要なのは、電力会社側はどんな条件で契約を解除できる?
- 不可抗力のルール:「不可抗力」とは具体的に何を指す?ウエスト電力の裁判例を参考に、燃料価格の変動のような予測できる市場リスクが含まれていないか確認。
- 損害賠償のルール:もし供給が止まったり、一方的に契約解除されたりした場合、電力会社はどこまで責任を負ってくれる?
これらのチェックを通じて分かるのは、電力会社選びが単なる「経費削減」の問題ではなく、会社全体の「リスク管理」の問題だということです。会社選びを間違えると、電気代が上がるだけでなく、事業がストップしたり(ケース1)、会社の経営が傾いたり(ケース2)、裁判沙汰になったり(ケース3)する可能性まであります。だからこそ、「1kWhあたりいくらか」という点だけで決めるのは非常に危険です。財務、法務、事業部門など、会社全体で戦略的に判断すべき重要な決定なのです。
おわりに:賢い選択で、会社の未来を守る
この記事で見てきたように、「電気代が安くなる」という甘い言葉だけで新電力を選ぶ時代は、もう終わりました。「新電力 やばい」という検索ワードは、多くの企業が実際に経験した、痛みを伴う現実の表れなのです。
でも、だからといって「新電力は全部ダメ」と決めつけるのも早計です。この厳しい市場を乗り越え、安定した経営を続けている優良な新電力も確かに存在します。大切なのは、この記事でご紹介したチェックリストを使って、リスクの高い会社と信頼できる会社をしっかりと見極めること。
これからの電力会社選びで一番大切なのは、安さよりも「安心感」や「安定性」です。過去のたくさんの失敗事例から学び、じっくりと会社を吟味することが、あなたの会社の未来を守る一番の近道になります。
もし、自社に最適な電力会社選びに迷ったら、専門家に相談するのも一つの手です。電力のプロフェッショナルであるtotokaに相談してみてはいかがでしょうか。